ハイパーボウル2025 │ Xmas Edition🎄ブログハウス〜laptop_twee🎄

メリークリスマス!
ハイパーボウルは、わたくしnamahogeが聞いて興奮した国内外の新譜を紹介するスポーツ大会です(勝敗はありません)。
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Bassvictim『Forever』〜PAS TASTA「SCYTHE」
2025年は日本でもこういう重心低くてガビガビした音楽が流行った年だと思うが(cf.アングララップ)、そこに妙にイノセントな感じの詩心をのせてくるのがロンドン発のデュオ・Bassvictim。自分はMGMTとか好きなんで、無垢にめちゃくちゃ混乱してる、みたいなノリがいいなと思ってたら、ピッチのインタビューでも二人はリアルに無垢にめちゃくちゃ混乱していた。
アルバムの基調となっているブリッとしたベースは、インディスリーズ/エレクトロクラッシュ/ブログハウス・リバイバルの一環としても理解される。00年代当時を記述したリーナ・アバスカル『Never Be Alone Again』(2021)を読むと、Justiceに始まりSkrillexに終わるブログハウスの時代があったといい(クソ雑要約)、DiploやSteve Aokiなどのプロデューサー・DJが〈Ed Banger〉的エレクトロからEDM的ハイファイ・サウンドに見事にシフトしていった軌跡が示されるが、なるほど、Perfumeが『GAME』(2008)の頃にあんなにブリブリしていたものが、だんだんフェス仕様に変化していったのはそういうことだったのか……などと思った。あと面白かったのは、Daft Punkの伝説的なピラミッドのパフォーマンスがブログハウス時代の始まりを告げ、同時に「ロックスターとしてのDJ」というEDMの台頭(=ブログハウスの死)に繋がる予兆でもあった、みたいな記述。フェス全盛期に突入する直前で、オンラインの居場所がSNSにより統合される直前で、いろんな局面で過渡期にあったのがブログハウスみたいなもんなんだろう。インターネットの最後のきらめき……
そういえば、今年の5月くらいに会ったライターのアボかどさん・imdkmさん両名から「ブログが音楽コミュニティにとって重要だった時代があったのよ」と聞いたことも思い出される(新潟駅近くの居酒屋で)。ヒップホップ文脈だと「ブログエラ(ブログ時代)」と呼ばれ、ダンスミュージック文脈だと「ブロゴスフィア(ブログ圏)」と呼ばれるという。
つい一週間前くらいに進行役をやった対談記事で、このあたりのことがガッツリ触れられたのは全く予期してなかったが、そこには上述の本にも記述されないような国内クラブシーンでの受容が語られている。近日公開予定なので、是非読んでくれよな。
今年はlilbesh ramkoもガチなやつ(ガチなやつ)をリリース。PAS TASTAの新曲もブリブリ。自分もPerfumeオタクだったので中坊くらいで中田ヤスタカを経由してDaft Punk→Justiceとフレンチツアーを経験したクチなので、このノリが流行るのはけっこう嬉しいですね。
ear『The Most Dear and The Future』〜sysmo『BYE-BYE KARAOKI!』
このバンド名、驚くべきエゴサビリティの低さである。Bassvictimについて「イノセント」と書いたが、「ear」という名前もやたらに素朴だ。しかしこのイノセント具合がむしろ2025年的ヒップさを醸し出している……というのは直観でしかないけれど、これってアンチ・インターネットというか、セマンティックでないウェブ世界に遡行したいバイブスではないのかな(イエス、HTMLエネルギー!)。
さて、全体の構造が妙にシンプルで朴訥としすぎる気もつつ、唐突に入るベースが巨大で笑ってしまうようなエレクトロクラッシュ・アルバムは、音楽プラットフォーム・nina protocolでのセールスが高いらしい。まさにDIYアーティストのための配信サービスということで、インディ純度の高い作品が集まる雰囲気もあるが、この周辺で盛り上がっているのが「laptop_twee」なるマイクロジャンルらしく、earもその括りに放り込まれたりしている。いや実際盛り上がってるのかしらんけど、個人的に興味を持ったので以下まとめておきたい。
「laptop_twee」とはアーティストのfriends&が提唱するマイクロジャンル/美学。その字のごとく「ラップトップで作ったトゥイー・ポップ」ということだが、そもそも「twee」とは「sweet」の幼児語なので訳せば「かあいい」であり、「ラップトップのかあいい音楽」というニュアンスになる。friends&へのnina protocolのインタビューがあるのでそのまま引くと、
laptop_tweeとは「トゥイー・インディートロニカ(twee-indietronica)」のことです。laptop_tweeの参照点の多くは、批評家から絶賛された2000年代のトゥイー・インディー・ポップの波に由来しています。私が作品をlaptop_tweeとみなす基準は、現代的なデジタル制作技術を用いて、「かわいらしさ」や「親密さ」といった伝統的なトゥイーの美学を革新的な方法で表現しているかどうかです。
ほかにも「Wilcoを聴く母親に育てられたZ世代がpoetmistryからAbletonのグリッチを学んだ」音楽なのだとか、「高校時代にBladeeにハマったBelle & Sebastian」なんだとか、「The Radio Dept.がミックス前のCDをJane Removerに渡した結果」なんだとか、いろいろ言う人がいるが、ともかくfriends&にとって「laptop_twee」の天啓となったのは(そして40時間ぶっ通しでRYMにレビューを書くハメになったのは)、Worldpeace DMTというアーティストを聞いたことだったそう。MVがマジで最高。
Worldpeace DMTはBassvictimのライブの前座を務めたりでロンドン・アンダーグラウンドで注目されつつあるアーティスト。宅録ロックにDTM的小技を詰め込んで、賑やかにかわいらしく時々狂気じみた叫びを披露する。
こうした「laptop_twee」の一群を聞いてまっさきに思い出したのはKabanagu『ほぼゆめ』だった。ドラッグストアでかかってる有線放送J-POPのオケかってくらい素朴なMIDIトラックに仕込まれたギミックの数々は、嗜好を凝らしたラップトップ秘密基地といった具合で、その人懐っこさとか意地悪さとか、トゥイーだな、と思ったのだった。(ところでマルチネ20周年イベントの時の映像って公開しないんですか? 40分の短編映画らしいんですけど……)(あとほぼゆめリファレンスプレイリストには、「laptop_twee」と重なるアーティストもちらほら。Tek Lintoweとかポタロビとか。)
それから今年のニューフェイス・Sysmo。地元の音楽好き三人組が集まればバンド組むかラップトリオになるかというのが世の定めであるが、Sysmoはカラオケボックスに集まってラップトップ囲んで曲作りをする。その絵面がなかなかトゥイーではないでしょうか。曲を聞いても3人がそれぞれを驚かせようと遊びながら作ってる感じでトゥイー。春くらいに取材したが、グッドバイブスな三人組なので要チェック。
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今日はここらへんで、続きを書くかもわかりません。
最後に今年のベストソングを(取材もした)。
あともうひとつ。
MAKE UP LALA~♪
「Nichijou Reanimated」インタビュー │ 約200名のアマチュア・アニメーターによる『日常』ファン創作
先日刊行された『ユリイカ2025年9月号 特集=あらゐけいいち』に寄稿しました。論題は「日常的実践のエゴイズム——アニメ『日常』をめぐるファン創作について」。
『ユリイカ2025年9月号 特集=あらゐけいいち』に寄稿しました!論題は「日常的実践のエゴイズム——アニメ『日常』をめぐるファン創作について」。 pic.twitter.com/AipZwSXIfL
— namahoge (@namahoge_f) 2025年8月31日
アニメ『日常』が放送された2011年というと、はげしくニコ厨だった自分はアニメ本編よりも音MADやらなんやらの二次創作を見ている時間のほうが長かったと思う。ので、そんな時代のことをまず書こうといろいろ調べていたら、アニメ放送から11年後の2022年に投稿された『Nichijou Reanimated』という映像を知った。
主に英語圏のアマチュア・アニメーター約200名で『日常』第一話を再現したプロジェクトである。映像は、原作のシーケンスに従うだけ従うが、均して3.5秒ごとに作家が切り替わり、タッチどころか手法も異なり(手書き、CG、ピクセル、実写……)、無数のパロディが埋め込まれており(Undertale、マリオ、ポプテピピック……)、なんだか、200もの二次創作者たちの想像力が押し寄せてくるようである。
そこでひとまず話を聞いてみようと、『Nichijou Reanimated』の制作拠点ともなったDiscordサーバーに潜入し、取材を実施した。
参加してくれたのは、hali、Pengy、pumpf4、Pikupuyo。同プロジェクトの発起人から進行管理の役割を引き継いだ4名である(発起人への取材は未実施)。およそ2年に及ぶ制作を完全にオンラインで成し遂げたのは、当時10代だったこの4名の尽力によるそうだ。
いまや世界中で当たり前のように行われているファン創作の実践であるが、こうした大規模かつオンラインかつ非営利かつ草の根なプロジェクトは、ファンダム研究の観点からも面白い事例なのではないかと思い*1、本人らの許可のもと掲載する。
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- Q1. プロジェクトとの関わりについて
- Q2. 制作プロセスについて
- Q3. プロジェクト参加者について
- Q4. プロジェクトの困難さについて
- Q5. 成果や達成について
- Q6. コミュニティについて
- Q7. 『日常』の魅力について
- Q8. Re-animated(再アニメ化)について
- Q9. 最後に
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【インタビュイー】
hali twitter, newgrounds, pixiv
カナダ在住。2002年生まれ。
Pengy youtube
アメリカ在住。2004年生まれ。
pumpf4 bsky, mangaplus-creators
フランス在住。2002年生まれ。
Pikupuyo twitter
2005年生まれ。
※共通の質問テキストを送り、回答してもらった(実施日:2025年7月1日〜7月6日)。なお、インタビュイーの並びはそのときの回答順。
— Nichijou Reanimated Collab! (CLOSED) (@NichijouCollab) 2021年1月11日
Q1. プロジェクトとの関わりについて
※以下では、プロジェクト全体を取りまとめる役割を「管理者」(インタビュイー)と、その他の参加者は「アニメーター」と表現する。
――「Nichijou Reanimated」はどのように始まり、あなたはどのように参加しましたか? 差し支えなければ参加当時のあなたの状況も教えてください。
hali:プロジェクトの正式な開始は2019年12月だったと思いますが、私は2020年1月中旬にDiscordサーバーに参加しました。そのとき私は18歳で、大学1年生でした。
私がプロジェクトを始めたわけではないので、正確にどう始まったかは分かりません。ですが、参加してから数か月後、最初にこのコラボを始めたリーダーが、私とPengyともう1人をプロジェクト管理に携わるよう任命ました。
その後数か月の間に、発起人の彼はリーダーの役目を降り、私たち3人に管理者を任せました。(ちなみに、彼はプロジェクトを始めた功績としてちゃんとクレジットされています。当初、私たちはあくまで彼の「スタッフ」でした)
約10か月後には、タイムゾーンのカバー範囲を広げるために4人目の管理者(pumpf4)を迎え入れています。*2
Pengy:2019年12月5日にサーバーに参加しました。私が16歳のときです。
『Nichijou Reanimated』はJoe Netley(別名NetleyBoif)によって開始しています。彼が当初準備したことは、プロジェクトの基盤となっています。それは、Twitterアカウント、メールアドレス、Discordサーバー、そしてアニメを各シーンに切り分けてラベル付けしたGoogleドライブフォルダでした。
その後、Netleyが「一人で進めるのは難しい」と感じたため、私とhali、そして3人目の管理者Pikupuyoがこれらを引き継ぐことになりました。
2021年の終わり頃には、プロジェクトに疲れたNetleyから私がリーダーの役割を引き継いで、彼に別れを告げました。そのとき、私は他の管理者たちと対等にサーバーを共同運営することを誓いました。
意見の対立はありましたが、権力を乱用することはなく、大きな内輪揉めもなくやり遂げられたことを誇りに思っています。意見が食い違うこともありましたが、慎重に話し合いを重ねて乗り越えました。他のコラボのサーバーも見てきた中で、これは奇跡だと思います。私たちはみんな偶然集まったのですが、全員が常識的で、うまく協力できたのはまさに天の采配(providence)でした。*3
pumpf4:2020年初めに参加しました。当時18歳だった私は3年間絵を描いていて、この前年にペンタブレットを入手していました。『日常』はずっと大好きなアニメの一つで、経験は浅かったのですが、プロジェクトへの参加に必要な画力には、自分も届いていそうだなと感じました。
だからこのプロジェクトは、自分のスキルを伸ばし、他のアーティストと出会い、コミュニティの一員になる機会として、とても楽しみにしていました。
Pikupuyo:私は2020年初めに参加しました。当時、ものすごくアニメに夢中になっていて、ちょうどメインの『日常』コミュニティでこのプロジェクトのことを聞いたんです。
そのころ私は15歳で、最終的に管理者になった人の中でも一番年下でした。だから、今振り返ると自分がどれだけ未熟だったか、笑えちゃいます。
もともと自分がアニメーターになるかどうかも分からなかったので、管理者側でプロジェクトを引き継ぐことになりました。当時は描くことにそこまで興味があったわけじゃなかったんです。
Q2. 制作プロセスについて
――プロジェクトはどのように進行しましたか? また、プロジェクト運営におけるあなたの役割は?
hali:アニメ全体を完成させたのは、開始から約2年3か月後、2022年4月でした。目標に対する進捗は遅く、ゆっくり、着実に進んでいました。でも、小規模ながら情熱あるオンラインコミュニティだったので、才能あるアニメーターが数多く参加してくれました。
アニメーターのリストはスプレッドシートで管理していました。私たち管理者は分担して、彼らの進捗確認のために定期的な連絡を行いました。制作が終盤になると、アニメの編集作業もしました。そこではオープニングの編集を手伝ってくれたアニメーターと一緒に作業しました。
Pengy:最初はNetleyがすべて一人で管理・運営をやっていましたが、2020年2月12日に「一人じゃ手に負えない」と言って、haliとPikupuyo、そして私に管理権限を与えました。その時に、Pikupuyoがスプレッドシートを作成してくれました。それまでは「誰がどのシーンを担当しているか」を一元管理する仕組みがなかったので、非常に重要な仕事でした。
2020年を通しての活動といえば、主にコミュニティを楽しく盛り上げることでした。公には「完成するだろう」と楽観的に繰り返していたけれど、内心どこか「無理かもしれない」と思っていました。当時、『日常』は特に人気のあるアニメというわけではなかったんです。でも、驚くべきことに、COVID-19の流行がこのプロジェクトを後押ししました。
2021年以降、私の最も大きな仕事は監査でした。スプレッドシートで、参加アニメーターのDiscordアカウントやメールアドレス、Twitterのユーザー名をリスト化して、一人一人に連絡し、「続けられるか」という意思確認をしました。続ける人は残し、やめる人は削除しました。情報を最新に維持することが重要でした。*4 2021年の終わりには、「ただ楽しんでいるだけでなく、成功するかもしれない」と気づいて、より真剣にサーバー運営に取り組むようになりました。
結局、私は当時アニメーターではありませんでした。私が作ったのは0.5秒の1コマだけです。私が行ったオーガナイズ、マーケティング、モデレーション――これらの作業は数多くの時間を要しましたが――と同じような努力を、多くのアニメーターがしてくれたと思います。個人的な意見ですが、このコラボを形にしたアニメーターたちこそ、私のような単なる管理者より何倍も価値ある存在だと思います。
pumpf4:最初はアニメーターとして参加していました。参加したばかりの頃は、プロジェクトがどれくらい進んでいるかはあまり気にせず、自分の作品を見せてみんなと交流するのが楽しかったです。アニメーターが次々と入ってきては、シーンを選び取っていったのを覚えています。私が入った頃は、10秒以上連続したシーンを選ぶことも簡単でした。時が経つと、空いているシーンが疎らになってきて、新しいアニメーターが描きたい場面を選ぶのが難しくなっていきました。
2020年末に管理者の募集がありました。特に深く考えず応募したら採用されて、その役目を引き受けることになりました。
Pikupuyo:最初の頃、プロジェクトはとてもゆっくり進んでいました。というのも、当初の管理者(Netlyboif)が私生活でいろいろなことを抱えていて、プロジェクトを続けられなくなってしまったんです。それでも、みんなプロジェクトを続けたいという意志があり、Pengyがプロジェクトを引き継ぐことになりました。
たしか、私の管理者の申し出はジョークのようなものだったんですが、最終的にはとてもいいチームになりました。みんなで役割を分担していて、私の主な仕事はTwitterアカウントの運営とスプレッドシートの管理でした。(後にスプレッドシートの管理はhaliの担当になったと思います)
After a year of progress, we almost have 40% of the scenes finished! But we still need your help. We need as many animators as possible so we can finish this year for the anime's 10th anniversary!
— Nichijou Reanimated Collab! (CLOSED) (@NichijouCollab) 2021年3月5日
A link to the discord is on our profile and under this tweet. pic.twitter.com/jgQEKoBTHu
Q3. プロジェクト参加者について
――あなた自身を含めて、プロジェクトに参加した人たちは、最初どのようにして繋がりましたか? また、どんな国や年齢の方がいましたか?
hali:私は別の『日常』のサーバーでこのプロジェクトを知って、そこから参加しています。プロジェクトが始まってからも、みんなとの主なやり取りの場はDiscordで、DMやサーバーで連絡を取っていました。
主に口コミでアニメーターを集めていましたが、ときには積極的に参加者を探すこともありました。他のReanimatedプロジェクトと連携して、お互いのDiscordサーバーでプロジェクトを宣伝し合うことがよくありました。
また、『日常』関連のアニメーションを過去に作ったことのあるアニメーター(例えばPEAR哥)にTwitterで声をかけて参加を募りました。フォロワーの多いPEAR哥に参加してもらえたことはとても大きく、そのおかげで多くの注目を集め、さらに多くのアニメーターが参加してくれました。
国や年齢層については、とても幅広い人たちがコラボに参加してくれました。私たちを含め、多くはアメリカやカナダ出身でしたが、他にもフランス、イギリス、日本、オーストラリア、フィリピン、インドネシア、マレーシアなど、様々な国から参加がありました。
Pengy:私はReddit経由で参加しました。
このプロジェクトはTwitterでも活動していました。その後、YouTubeチャンネルを作ったことで、それを見て参加したメンバーもいました。また、他のサーバーと提携もしていました。
ゴールが近づく頃、有名なアニメーターのPEAR哥などもプロジェクトに参加し、そのファン層を集めることができました。PEAR哥を招待できたのは、Pikupuyoがメッセージを送ったおかげです。
国籍についてはとても多様でした。参加者の大半は北米出身でしたが、南米や東南アジアのメンバーも多かったです。『日常』は「selamat pagi」や「selamat malam」(スラマッパギ/スラマッマラム)などのギャグのおかげで、マレー語圏ではとても人気があります。もちろん、東アジアからの参加者もいました。
年齢層に関しては、やや多様性に欠けていました。全員が13歳から20代前半の若者です。私自身は中間層で、16歳から18歳のやや年上のグループに属していました。
pumpf4:私の知る限り、参加者の多くはTwitterを通じて集まりましたし、私もそうでした。
年齢層も国もとても多様で、全部挙げるのは難しいですが、皆Discordサーバーでやり取りしていました。異なるタイムゾーンに管理者がいることは、私たちのチームにとって強みになりました(※pumpf4はフランス在住)。
Pikupuyo:私たちはみんなDiscordサーバーでつながっていました。プロジェクトの主な宣伝手段はTwitterアカウントと、メインの『日常』サーバーで話題にしてもらうことでした。
プロジェクトに参加したアニメーターの多くは10代だったと思いますが、本当に世界中から人が集まっていました。英語圏以外の国からこんなにたくさんの人が参加してくれたのは驚きでしたし、とても感動しました。
PEAR哥の過去作品
Q4. プロジェクトの困難さについて
――プロジェクトを進めるにあたって、特に苦労したことはありましたか?
hali:進行が一時的に停滞して、プロジェクトの完成は不可能なんじゃないかと感じることが何度もありました。そういう時期は大変でしたが、「いつか完成する」と信じて踏ん張って、実際にその通りになりました。
具体的な事件として、同じシーンが複数のアニメーターに割り当てられるという、コミュニケーション上のトラブルが何度かありました。責任を持って修正するために、苦しい話し合いをしなければならない場面もありました。
また、プロジェクトの最後には、YouTubeで著作権に引っかからず動画を公開することが大きな課題でした。アニメスタジオの親会社であるKADOKAWAに削除されないよう、何度かアップロードをやり直す必要がありました。
Pengy:人間関係です。私たちは若くて経験が浅く、相手に寛容になりすぎてしまいました。その結果、迷惑だったり妨げになったり、有害だったりする人もいました。うまく意思疎通できないことも多く、本来なら早めに対処すべき問題を放置してしまったこともあります。
規則を作ってそれに従うだけで、心からのルールを設けることができなかったんです。迷惑な人がいても、ルールを破らない限り放置してしまいました。今では笑い話みたいですが、当時は特定の人のせいでお腹が痛くなることもありました。
もうひとつの大きな課題は、このプロジェクトの規模の大きさでした。作業自体は難しくありませんでしたが、最初の1年は「完成する気がしない」と感じていました。それでも諦めずに進め続けました。
pumpf4:私が管理者に応募したすぐ後に、プロジェクトの宣伝*5としてオープニング映像を単独で公開することが決まりました。そうしてオープニングのシーンに締切を設定し、私はこれが守られるよう確認する役目を引き受けました。この役割にはとてもストレスがあり、アニメーターに連絡するたびに気が引けました。誰も締切を急かすマネージャーにはなりたくないものです。ですが、そのオープニング映像を公開したおかげで、全体のプロジェクトに勢いがつきました。
サーバー運営も、時には大変でした。ユーザー同士の緊張があったり、スパムがいたり、偽のシーンが発覚したり。問題が起こるのはまれでしたが、実際に発生したんです。そのたびに迅速な対応が必要でした。
Pikupuyo:プロジェクトの途中、私は数週間ほど入院していました。この時期は自分の人生でもとてもつらい時期で、プロジェクトについていくのがすごく大変でした。その結果、療養中にしばらく連絡が取れない時期もありました。でも、このプロジェクトの人たちはとても優しくて、あまり理由を話せなくても戻ってこられる場所となっていて、本当にありがたかったです。
Q5. 成果や達成について
――反対に、このプロジェクトに取り組んでいて嬉しかったこと、達成感を感じたことは何ですか?
hali:プロジェクト進行中は楽しい思い出だらけです。Discordサーバーはとても活発で、アニメーターやゲストと交流したり、ゲームをしたり。結果的に、今も定期的に連絡を取り合うオンラインの友達がたくさんできました。
最も達成感があったのは、YouTubeでの公開の前日、サーバーメンバー限定で最終編集版を配信したときです。いくつか技術的な問題はあったものの、うまくいって、みんなとても盛り上がりました。2年間の努力の集大成としてプロジェクトを完成させる瞬間でした。
また、NewgroundsやYouTubeでコメントを読むのもとても嬉しいです。みんながこの作品を気に入ってくれているように感じます。
Pengy:人間関係です。このサーバーを通じて、とても強い絆で結ばれた友達ができました。その数は50人、いや100人にものぼるかもしれません。
プロジェクトが絶望的に思えたときも、その人たちのおかげで続けるべき価値を感じられました。プロジェクトが順調に進んでいるときは、その人たちのおかげで全力を注ぐべき価値があると感じられました。自分を差し出した分、本当に多くのものを受け取れたと思います。
もちろん、作品そのものが喜びを与えていなかったなんて言えば、嘘になります。毎日『日常』の新しいファンアートが届くのを眺めるのが仕事なんです。それもアニメーション。興奮しないわけがないですよね? どのスタイルも、どの映像も、どのアニメーターも、それぞれ独自の個性を持っていました。
そして、最終的なプロジェクトが多くの人に届いたとき、とても大きな達成感がありました。動画に寄せられるコメントを何日もかけて読みました。今ではYouTubeで37万回ほど再生されていると思います。最初に始めた頃は、こんなことになるなんて想像もしていませんでした。
pumpf4:長い間関わっていたからこそ、プロジェクトが完成に近づく実感を覚えては、とてもやりがいを感じました。自分のシーンを作る楽しさに加えて、いくつかのサイドプロジェクトもとても楽しみました。
プロジェクトを宣伝するために、麻衣というキャラクターが登場するいくつかのシーンを編集しました。
いくつかパロディ漫画も作り、それをコミュニティの人たちと共有できたことは、今でも良い思い出です。
Pikupuyo:こんなにも結びつきの強いコミュニティを作れたことです。それこそが、このプロジェクトを実現させた原動力になったと思います。
みんなが情熱を持っていなかったら、最初の「管理者交代」という壁すら乗り越えられなかったと思います。みんなと話すのは本当に楽しかったし、このプロジェクトをきっかけに、すごくいい友達になれたと感じています。一人では絶対にできなかったことなので、『日常』について一緒に語り合える人たちがいてくれたことが何より大事でした。
Q6. コミュニティについて
――サーバーでは皆でゲームをしたり漫画を作ったりもしていましたね。このプロジェクトは単にReanimated作品を作るだけでなく、『日常』ファンがコミュニティを作り、友情を育む場にもなっていたと思います。ここで出会った人たちとの関わりについて、あなたはどのように考えていますか?
hali:私にとってとても大事な場所で、ここで出会った多くの友情は今も続いています。アニメーターとしてだけでなく、運営を支える立場としてもこのコラボに貢献できたことを、とても嬉しく思います。サーバーでのゲームや漫画などの交流はコミュニティ意識を育み、それが参加者の制作意欲を支えていました。
Pengy:メンバー一人一人がとても大切な存在です。5年来の友達もいれば、もっと短い付き合いの人もいますが、彼らは私の最初のDiscordの友人たちです。私の絵の技術を向上させてくれた人もいました。そしてみんなが、このコミュニティを素晴らしい場所にするために貢献してくれました。
一つのサブプロジェクトについてお話させてください。「kneecheejoe」というものです(「nichijou」のスペルミスです)。アニメーターのSnowiiが、わざと雑に描いた『日常』のファンコミックを作ったことから始まりました。わざと下手に描かれているので、絵が描けないメンバーでも気軽に参加できました。
「kneecheejoe」チャンネルにはたくさんのファンコミックが残っています。1人が1ページを描いて、次の人が継いで話を膨らませる、という長編の物語も作りました。とてもランダムですが、本家の『日常』も同じくらいランダムなので、その精神に近いものだと思います。
いつか公開してもいいかもしれません。たくさんの人が関わっているので手続き的にどうするべきかわかりませんが、サーバーの中ではすぐに見つけられます。
pumpf4:私は今はもうサーバーでは活動していません。でも、当時出会った人たちはとても大切な存在です。時間は経ちましたが、今でも友人だと思っている人もいます。これは、アートへの情熱が人をつなげるよい例だと感じます。単なるプロジェクトというより、自分の人生の一部のように思います。
Pikupuyo:さっきも話した通り、このサーバーは『日常』を愛する人たちが集まったコミュニティでした。コミュニティにいた全員がプロジェクトに参加していたわけではなかったんです。
他にも大きな『日常』ファンサーバーはありますが、そこにはない魅力があったのだと思います。人数が少なくて共通の目標があったから、人がすごく近くに感じられました。このコミュニティの人たちは、私がとても孤独だった頃にできた最高の友達の一部でした。
今はもう全部遠くなってしまいましたが、ここで過ごした時間は何にも代えがたいし、そこにいてくれたみんなに感謝しています。
Q7. 『日常』の魅力について
――あなたは世界で最も熱心な『日常』ファンの一人ではないかと思います。あなたにとって『日常』の魅力は何ですか?
hali:私より『日常』が好きな人もきっといると思いますが、私も間違いなく大ファンです。私の好きなアニメのジャンルは日常系で、『日常』はそれを極限まで突き詰めた作品です。この作品のばかばかしさが好きです。特に、ゆったりした丁寧な場面との対比が魅力です。
アートスタイルもとても気に入っています。それがきっかけで自分でも絵を描き、自分のスタイルやキャラクターを作るようになりました。
Pengy:その評価に異論はありません。『日常』は、とても特別なアニメでした。何があっても好きになっていたとは思いますが、これが私にとって2番目に観たアニメだという事実が、特別な愛着を生んだはずです。ユーモア、アニメのクオリティの高さ、音楽、あらゆる要素が完璧に作られていると思います。
一番好きなキャラクターは東雲なのですが、登場人物全員がとても魅力的です。お気に入りトップ5は、なの、さかもと、ゆっこ、みお、そして中村先生です。
アルバム『日常のリミックス』もお気に入りです。キャラソンも大好きですし、『なののネジ回しラプソディ』が一番好きです。英語に翻訳しようとしたこともありますが、私には歌えないので、そのままどこかのファイルに眠っています。
『日常』に出会ったのは、私があまりよくない時期にあったときでした。『日常』の素晴らしさは変わらないけれど、当時の私はちょうど、そういう作品を必要としていたんです。
pumpf4:『日常』、そしてあらゐけいいち先生の作品全体は、私がこれまで見たどんなものとも違います。視覚的なコメディと面白い会話のバランスが、他に類を見ないほど絶妙です。
アニメ版はそのテンポによって『日常』を新たなレベルへと引き上げ、視聴者がその世界やキャラクターについてじっくり思いを巡らせる余白を与え、そしてあらゐ先生の漫画の大きな魅力である「つながりのある世界観」をさらに際立たせています。
どのキャラクターの行動も他のキャラクターに影響を及ぼし、それによって同じ街にみんなが住んでいると感じられます。
アニメでも漫画でも、「絵で伝えたいことを伝えられる」という強い自信に満ちた作品だと思います。表情は独特で、線は緻密、コマ割りもとても巧みです。「刺激的」と言うだけでは足りません。褒めすぎに聞こえるかもしれませんが、本当に彼の作品を尊敬しています。
Pikupuyo:『日常』は私が読んだ中でも一番面白い漫画のひとつですが、同時に、一番心温まる作品でもあります。
『日常』が自分にとって大事なのは、根本的には「なじむことについての物語」だからです。最初に『日常』を観たのは、自分の人生でちょうど、「自分の風変わりなところをそんなに気にしなくていいんだよ」と言ってもらう必要があった時期でした。自分の背中にもネジが付いているような気がしていたんです(なのみたいに)。だから、彼女がネジを受け入れたとき、自分も受け入れられるような気がしたんです。
今でもそのことを考えると泣きそうになります。この作品は、今の私が私である理由のひとつだと思います。
Q8. Re-animated(再アニメ化)について
――このプロジェクトは、単なる再現ではなくそれぞれのアニメーターが「書き換える」ことに魅力があります。こういった創作について、考えをおしえてください。
hali:「自分のものにすること」がReanimatedコラボの核心だと思います。もし何も新しい要素がない、単なる一コマずつのリメイクだったら、ちょっと退屈でしょう。
カメラアングルやアートスタイルの多様さは、このコラボの強みの一つです。各アニメーターがそれぞれの解釈を込めることができ、それらが合わさることで多様な考え方が混ざり合う楽しい作品になります。
とはいえ、各シーンが短すぎず、きちんと次のカットに繋がるようにすることも大事です。そうしないと、観客にとって情報過多な作品になってしまいます。
Pengy:私たちのReanimatedでは、たくさんの「書き換え」がありました。
私のお気に入りのひとつは、Playstyというアニメーターのものです。彼はオリジナルのシーンにミームを加えました。たとえば『Among Us』のインポスターになったビッグチュンガスなどです。また、別のアニメーターのSatriaは、なのが爆発しそうな場面に大量のボム兵を仕込みました。
このプロジェクトは公式設定に縛られないので、独特のおかしさや自由な創造性が自然に生まれて、アニメーターにとっても面白いんです。自分の個性を好きに加えられますから。
その点は、視聴者からしても面白いです。すでに見たことのある作品なのに、「今度はどうなるんだろう?」とつい気になってしまう。とても新鮮な体験で、それこそがReanimatedコラボの魅力の一部だと思います。
私もいくつかイースターエッグを入れました。たとえば、『Dayshift at Freddy’s』に登場する電話頭のキャラクター・スティーブンのネタを入れました。彼はサーバーのマスコットになっていたんです。
思えば、このプロジェクトは『日常』とは全く別の独自の文化を育んでいて、サーバーの固定メッセージを見れば分かるように、たくさんのくだらない内輪ネタが生まれました。その中から成果物に入り込んだものもあります。
すごいことに、この小さなサーバーで生まれたジョークのいくつかは、今や何十万もの人に見られているんです。
pumpf4:シーンごとの作風が担当するアニメーターに委ねられる形になったのは、プロジェクトへの参加条件がとても緩かったおかげでしょう。最初からそうするつもりだったのかは分かりませんが、新しいアーティストが参加して、どんなものを作るか想像するのは本当にワクワクしました。
それは動画を観るときにも感じられます。数秒ごとに絵柄が変わり、次に何が来るのか予想がつきません。こういうタイプのコラボはYouTubeではよくありますが、アニメ1話を丸ごと完成させられるものは少ないので、自分も他のみんなもいい仕事をしたと思います。
Pikupuyo:(未回答)
Q9. 最後に
――最後に、シャウトアウトしたいことがあればどうぞ!
hali:まず何より、このプロジェクトを本当に形にしてくれた全てのアニメーターに感謝を伝えたいです。ぜひ彼らの他のアニメーションや作品も見てみてください。
また、(この文章を書いている時点で)もうすぐ放送予定の、京都アニメーション制作の『CITY』も紹介したいです。これは『日常』の続編にあたるあらゐけいいち先生の漫画を原作にしていて、私の大好きな作品の一つです。この新しいアニメが成功してほしいです。ぜひ見てみてください!
Pengy:「カービィ Reanimated」に感謝を。私が最初に観たReanimated作品で、こういうプロジェクトが存在することを教えてくれました。あれがなかったら、「Nichijou Reanimated」にも参加していなかったと思います。
pumpf4:「Nichijou Reanimated」の他の管理者のみんなに感謝を伝えたいです。しばらく話していませんが、みんな元気でいてくれたら嬉しいです。
Pikupuyo:私が『日常』で一番好きなキャラクターは安中さん(安中榛名)です。屋上から彼女の名前を叫びたいくらい――みんな、どうか安中榛名を愛して!

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『ユリイカ』では以上のプロジェクトを中心に、国内におけるニコ動時代のファン創作や、あらゐけいいちの漫画のファン創作的手つきなどについてなどを執筆しました。ファン創作の手つきを分析するのに、荒井柚月さんの音MAD研究発表なども引用しました。そちらもぜひご一読を〜。
*1:そもそもの「Reanimated Collaboration」という文化についてはユリイカの記事に書いた。ざっくり言えば、2000年代のNewgroundsで準備され、2010年代のYouTubeで花開いた共同創作文化である。セーラームーンやスポンジボブを題材にしたものなどがあり、それぞれ100万回以上再生されている。
*2:管理者は、各国から参加したアニメーターへの進捗確認が定常的な業務であった。管理者が北米に偏っていたことから、フランス在住のpumpf4を迎えることで時差を埋めようと試みたものと思われる
*3:多くのReanimated Collaborationは頓挫する。Discordサーバー「Reanimated Station Community」から辿っていけば、新たなサーバーが立てられては投棄される様子を見ることができる。また、オンラインの共同作業について、2000年代のNewgroundsを調べた研究では、スタートした企画の約2割しか完成に至らないという。
*4:Discordサーバーを見ると、「アニメーターとして手を挙げたのに長時間放置する参加者」の存在に苦慮していたことがよくわかる。なんなら、気づいたときにはDiscordのアカウントを消してしまう者も。あくまでオンラインの希薄な紐帯であることが、大所帯なプロジェクトを遂行するのに大きな壁となっていた。
*5:管理者たちの言う「宣伝」は、アニメーターの募集という意味合いが強い。Discordサーバーを見ると、制作のかなり終盤まで継続してアニメーターを募集していたようだ。アニメーターに割り当てたはずのシーンが未了のまま放置されることが絶えなかったため、常に空きシーンがあり、WIPの状態でも公開して新規募集をかける、ということを繰り返し行っていたのである
【雑記】PAS TASTA「GRAND POP ODYSSEY」
GRAND POP ODYSSEY、「こんな車があるんですが、こいつが活躍するシナリオを...」というオファーに始まり、自分の原案にパスタのshitty ideaをねじ込み(GAFA→サンクラやアルマゲドンなどパスタ案)今回の物語となりました。
— namahoge (@namahoge_f) 2024年12月8日
映像は釣部東京 @tsuribu_tokyo
スコア/SEはPAS TASTA @pas_tasta
感激! pic.twitter.com/1czjjOk6ia
12月8日Spotify O-Eastで開催されたPAS TASTAワンマンライブ「GRAND POP ODYSSEY(以下GPO)」での物語パート(映像:釣部東京)の脚本を担当しました。
GPOでは、映像→ライブ→映像→ライブ→映像……と、よくある他のワンマンで長めのMCタイムとして配置されがちな数分を、シネマティックな感じのアニメーションを挿入する、という構成をとっており、その映像の物語を作ったという次第です。
ライブと物語が別物として展開するのに、GPO全体の体験を損ねてしまうんじゃないか、という不安はそこはかとなくありましたが、フロアから90分見た感じ全然杞憂で、パスタはじめ各チームが連携したさまが伺え、自分が想定したよりずっとシームレスな視聴体験だったと思う。いろいろと素晴らしかったんですが、ここでは脚本のあれこれについて(しかし、とはいえ簡潔にライブの感想を:まず、このメンバーがふつうにバンド組んでることのオモシロを上回るかっこよさで、すげ〜ほんとによかったです。ピーナッツくんがMCで言っていたように、ついこの間まで、パソコンポチポチ集団だったのに……。やはり、J-POPに関わらず、ポップな領域でやっていくということは、その音源を再現するアクターのようなものが必要とされがちで、多くの場合はフィジカルな主体がそこに動員されがちである。それでも、オタクの孤高なポチポチの努力の果ての凶悪な音を出力している時もやっぱよくて、フロアも盛り上がっていたので、どっちがいいというでもなく、現のパスタスタのメンバーが曲ごとにステージを回遊して楽器を持ったり離したりするのはその塩梅を見据えた上だと思うし、見ていて面白かった)。

最初に脚本の話をしたのは5月末くらい、underscoresの来日ライブの数日後だった。ライブの日はパスタも出演していたので終演後にやばかったすね〜的な話をしつつ、みんなバチ食らってるみたいな状況で、その記憶も鮮やかに残ってるあたりで電話があり、「ワンマンライブを進行するのに、なにか物語があるといいんじゃないかと……ほら、ホゲさん小説書いてるし……」という流れだったので、自分としては勝手に、やはりunderscoresの時のような、ストーリーを導入したライブ形式に影響を受けてのことなんだろうと思っている(これは公式見解ではない。が、Spoiled little bratのカバーは泣いた)。
何気に覚えているのは、上のこのブログ記事、知り合いのアーティストからの反響がけっこうあり、わざわざDMで「よかったっす」と伝えてくれた方もいて、やはりunderscoresのインスピレーショナルな触媒としての存在感はデカいな〜とか思う。
ということで、脚本の相談を受けたその場で、100やるっす、100っす、100 gecsといった旨を回答した。これまでパスタスタには取材させてもらったり豚汁を振る舞ったりなど良好な関係を築いていたものの、一緒になにか作るというのは初めてだったので(peanut phenomenonの撮影とか手伝ってるが)、期待に応えるべく頑張ろうと思った。
その時ちょうど読んでいたのがカレン・テイ・ヤマシタ『熱帯雨林の彼方へ』という小説で、それは巡礼の話なのだが(アマゾン熱帯雨林のマタカンという地方を舞台とする。ある日突然地崩れし、地下から隆起した地層を調べると、それは磁気を持つプラスチックでできていた。その地に向かって宗教・観光・金儲けなどなど様々な理由で巡礼する者たちがいて、なんだか大変なことになるという奇想小説である。ヤマシタについては未訳の小説が多く、代表作とされる『オレンジ回帰線』すら未訳なので、それが読みたいので地道に布教を続けている次第)、ストーリーの必須要件として示されていたパスタ・カーの存在を活かすのに、長大な距離を「巡礼」するのがよいだろう、さらに近代以降の人工物が地層化したという作品世界は、パソコンポチポチ集団からの脱却という意味でもよさそうである、というので符合して、企画書的なものを書いた。ついでにもう1案出したが、そちらはなんだかファンシーなアイディアで、パスタメンバーはわりとすんなりこちらのハードな感じのネタを選んだ覚えがある。「BULLDOZER」がその時点で完成していたので、あの泥臭い雰囲気もその選択に影響しているかもしれない。
それから覚えている限り、ユッシ・パリッカ『メディア地質学』、アンドリュー・ブルーム『インターネットを探して』、 小宮山功一朗&小泉悠『サイバースペースの地政学』、結城正美『文学は地球を想像する エコクリティシズムの挑戦』、木澤佐登志『ダークウェブ・アンダーグラウンド 社会秩序を逸脱するネット暗部の住人たち』などを読み、現代のインターネット状況と未来の地球環境を結び合わせるような物語を、ということで脚本のデモを書いた。それをもとにパスタとFigmaのボード上であれこれ話し合ったところ、荒唐無稽な案がやたらに出てきて(USBが降ってくる、USBが打ち上がる、Abletonのバージョンが3兆になる、GAFAがSになる……)、それはブレストという名の大喜利大会であったようにも思われるが、それを笑いながら(内心、どうやって整合させるんだよと思いながら)組み込みつつ、今の物語の大枠ができた。
そんな中でひとつフックとなったのが〈HTMLエネルギー〉という概念で、つまり、インターネットが消え去った未来に、かつてグローバルに接続し合っていた世界像への憧れから〈HTML〉が復権するという設定を用意し、その純な願いが現実の動力として機能する、というロマンも託しつつ、物語に導入した。
PAS TASTA「GRAND POP ODYSSEY」に参加したみなさんに知ってほしい、〈HTMLエネルギー〉の元ネタ(実際にそういう名前のついたムーブメントがあるのだ) https://t.co/3Zz9CoyF0l
— 北出栞 siori kitade (@sr_ktd) 2024年12月8日
HTMLエネルギー、概念が面白すぎるので架空の燃料として物語に組み込みました 初期案ではHTMLを暗誦して崩壊後の世界で繋がり合おうとする地下組織をわりと重要なポジションとして登場させていたんですが、あまりにキナ臭くなるのと尺が見合わなくなるのでお蔵入りに https://t.co/SOdDsYK8WW
— namahoge (@namahoge_f) 2024年12月8日
地下室に集まる怪しい集団が〈HTML〉を暗誦するというカルトチックな描写がまず浮かび、それを〈HTML教団〉として登場させていたのだが、映像的にも人物をあまり多く出すのは大変かもということもあり、結局ナシになった。脚本のデモ版のクライマックスには、以下のようなアホくさいくだりもあったのだが……


実際にライブ中、bo enやEOTI、six impalaといった海外勢が乱入してくる構想は(これは自分の仕事として関わった範囲では全くないのだが)、〈HTMLエネルギー〉的な願いの成就といえなくもなく、物語とライブが交差した瞬間であったように思う。
そんなこんなで、フロッピーとエスディという二人のキャラクターの冒険物語となり、パスタスタであれこれ話し合った上、釣部東京に映像を依頼することになった。ちなみにライブまでわりと余裕のない状況ではあったので、いやー厳しいずら……みたいな気持ちでいたが、「いっすね!」みたいな感じで受けてもらい、「え、逆に?!」みたいな感じになった。本当にありがとうございます。
文字がビジュアルに変わっていく様子を見るのは楽しかった。USBがめちゃくちゃかっこよくなったし、恐竜もクロームの404までは共有していたけどなんだかイカつくなっていてヤバかった。物語内PAS TASTAの造形も、線とか幾何学っぽい感じで〜というオーダーからああなった。柴田聡子さんがレイア姫になったりなどの小ネタも釣部さん。ほかにもいろいろあるかもしれない。
『GRAND POP ODYSSEY』@pas_tasta
— 釣部東京 (@tsuribu_tokyo) 2024年12月8日
本編映像、My Mutant Ride、byun Gのライブ映像の演出・制作を担当させて頂きました🚗
会場の反響がとても大きく、大変嬉しかったです🚀🚀🚀#GRANDPOP#PASTASTA pic.twitter.com/gknJhqVF8e
そしてパンフレットも自分が作った。いい内容になっていると思う。28pフルカラー。8000字ほどの小説、アルバム企画時のFigmaボードのアーカイブ、各メンバーへのインタビュー、ディスクガイドなどなど掲載して1000円で販売。お得です。転売するなよ。

かくしてGPOも無事終了ということで、自分は制作過程も含めて楽しませてもらい非常にラッキーだなと思う。帰ってからも、年甲斐もなく夜を徹してパブサしてしまうくらいには思い入れのあるというか、見守ってきたプロジェクトだったので、大変なトラブルも起きずに終えられて本当によかった。みんな本当にお疲れさまでした。
フロッピーもエスディもよう頑張った
— ウ山あまね (@uyamaamane) 2024年12月8日
↑みん支
それでは、わたしも実はS社に誘われて宇宙に行かねばならんので、このへんで……
【雑記】オアア新潮新人賞落ちた!!!
足和田健という名義で「ダンサー・イン・ザ・スーサイドフォレスト」という小説を書き、送ったところ、第56回新潮新人賞の最終候補5作に選ばれました。が、落ちました。自分でいうのもなんですが、かなり惜しかったらしいですよ(悔し紛れのウソじゃないよ!!)。そんな諸々についてメモ。


応募作について
「ダンサー・イン・ザ・スーサイドフォレスト」は青木ヶ原樹海で音を採取してDTMをする少年の話。いわゆる樹海の死のイメージみたいなものに揉まれながら、偶然出会った隣人と樹海で工作したりする、ハートフルなビルドゥングスロマンです。
195枚なので短〜中編サイズになるのかしらんけど、30枚以上の小説は初めて書いた。猛烈に執筆したのは去年の8月頃で、その前後で触ったり触らなかったり、チョボチョボ改稿をしていて、だいたい1年くらい取り組んでいたと思います。それで今年3月末の応募〆切ギリギリに提出。
それから数ヶ月経った某日、電話で連絡がきた(その時期に最終候補選出の連絡が来ることはインターネッツで知っていたので、興奮気味に電話をとったと思う)。最後の著者校正をして提出→選考会の結果待ちという流れの中で夏がほぼ過ぎ、涼しくなったら落選していた。そんな感じだったので、この夏覚えていることといえば、小説以外では、スーパーの茹でずに食べれる冷やし中華がマジでまずかったことくらい(いや、誇張している。ユリイカの寄稿などがありました)。
編集部のSさんには大変お世話になりました。著者校正のアドバイスをいただいた際にも、まじで読み込んでくれていて、それだけで超嬉しかった。普段ライター仕事でもらうフィードバックとは全然違うというか、そりゃボリュームとかタイムスパンとかの問題で当たり前なんだけど、必ずしも誌面に載るわけでもないのにガチでガチだったのが非常に印象的。落ちた際にも選考会の様子を長文のメールで送ってくれて、実際ガチ落ち込んでたので救いになった。次頑張ります、ほんとに。
選評について(新潮2024年11月号)
雑誌を開いて驚いたのは、小山田浩子さんの選評タイトルが「『ダンサー・イン・ザ・スーサイドフォレスト』を推す」だったこと。マジかよ。小山田さんと上田岳弘さんは拙作を最も高く評価していたらしいし、金原ひとみさんも「回が違えば余裕で当選したはず」と激励してくださっているので、そのあたりの言葉は次作への肥やしとして、粛々と、まんまと真に受けておきたい所存。一方、大澤信亮さんの選評はガチ辛辣でワロタ。「ドヤ顔で書いてんの、見えてるかんな!」というメッセージにはブッ刺さるところがある(又吉さんも似たような感想だったのだと思う)。執筆中のおれの顔、勝手に覗かんでくれや……マジで精進したいです。
共通して評価された点としては、ゴリラ。拙作には一瞬ゴリラが登場するが、「各々の選考委員がゴリラについて言及するゴリラタイムが発生した」(金原)らしい。一方、共通して減点された箇所としては、作中作。拙作では14000字くらいの知らないおじさんのブログ記事が割り込んでくるので、それです。総合すると、ゴリラを増やしてブログを削れば受賞したのかもしれない(ダウト)。
大まかな流れとしては、拙作を含む3作が受賞ラインに並び、しかし3作とも通すわけにはいかないから多数決で決めたということらしい(上田さんの「相対評価という傲慢」という選評タイトルはそんな事情を指している)。「3作受賞でもええやん!」となるような作品を作れなかったことが問題である、とひとまずは考えるしかないので、それはもう、やっていくしかないです。
ともあれこうした批評の機会をいただけたことに感謝しつつ、受賞されたおふたりには巨大なリスペクトを示したい。受賞作にはさっと目を通しただけだけど、竹中さんは超いい感じのアンビエンスがあるし、仁科さんは絶対真似できない感じの言葉の個性があった。おふたりのこれからの活躍を楽しみにしています。
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自分は3月末の公募〆切に向け、また書き始めているところです。ので、SNSからできるだけ離れるよう努力したい。努力である。連絡がある方はメールかDiscordよりいただけると助かる。
あと、もしかすると今作をインターネッツに放流するかもしれないです。しないかもしれないが、わからない。
【雑記】『ユリイカ2024年10月号 特集=いよわ』
自分も寄稿したユリイカ10月号についてメモ。
なんかたぶん、今はクローズドな場所で感想を言い合うのが安心だという世の中なので、逆にブログとかで書いた方がいいかなと思って、短いですが書きました。なぜなら自分は自分が書いたものの感想、インターネットで読みたいから(ここで全論考に言及するわけではありませんが…)。


「DTM/創作」について
「ボカロシーンはDTMの文化が成長する過程で生まれた場所だった」と述べたのはヒッキーP(『合成音声音楽の世界2021』)(以下、人名は敬称略)であるが、まさに今のボカロシーンを代表する作家の特集において、フォーカスされるべき対象としてDTMがあるだろう。
FlatによるインタビューはDTMについてめちゃくちゃ深堀りしている。演奏→編集というプロセスで自身の発想の外側にアクセスできるといったことや、ピアノロールを視覚的に捉えることで「サビに向けて階段みたく上げていこう」というような発想が生まれること(そういえば、鮎川ぱてがNHKの番組で「DTMの革命は視覚にある」的なことを言ってた)など、DTMならではの小話が詰め込まれていて大変おもしろかった。ミクとflowerなど複数のボカロを同じ音高で同時に歌わせる手法について、「ミックスの都合でオケに負けるから」といった言質を取れているのはだいぶアツい。ヘンな制作をしてるんだろうな、というのは音楽の端々から伝わってくるが、その手法と理由にまでしっかり踏み込んだ貴重なインタビューだと思う。
いよわのおもしろさは、初期の作品からあきらかにDTM(イラストも然り)が上達していく様子を追えるところにもあると思っている。横川理彦の論考(「DTM観点から「いよわ」を分析する」)は、これまでの作家のリリースに全レスし、「ここで初めてサンプルを使用している」とか「ミックスの技術が向上している」と技術的な観点で指摘するものとなっている。横川は自著で「近年の音楽において、メロディ・リズム・ハーモニーの三要素以外に音色が重要です」といったことを書いていたが、DAW上で処理され、記譜され得ない音色について記述していくぞという態度がみられる。
自分の論考(「いよわと、いよわたちの世界を裂くもの――DTM、グリッチ、インターネット」)では、作家を取り巻くDTMコミュニティに着目して、そこにどんな美学が存在していて、いよわがそれをどのように実現しているか、といったことを書いた。編集部からは「hyperpop/digicore的な同時代的な音楽といよわを接続しつつ、ニコニコ動画/YouTube/TikTokといったプラットフォームでの受容について書いてほしい」といった依頼があり、おおむねそのオーダーには答えられたと思う。テーマは、「つまづきかた」である。
クリエイター・コミュニティへの言及というところで共振するのはFlat「多様なボカロ曲――いよわを通して見るシーンのバラエティ」、しま「合成音声音楽のオルタナテイブを見つめて」など。自分が論考でサラッと書いてしまったボカロシーンの「個性の文化」なるものを精緻に書き上げているようで、非常に助かる(DIYなメディアで積み上げてきた信頼が両者にはある)。「個性の文化」なるものが、DTMという制作技法のなかにある程度見いだせるという点は、ボーカロイド文化あるいはいよわという作家を考えるのに重要になっていると思う。原口沙輔やフロクロといったコミュニティ内部のクリエイターの文章もそういった観点から読める。
それから、いよわは頻繁に創作の現場について自己言及する作家である。だからこそ今号ではDTMという手法についての語りが重要なのだと思うが、もうすこしテクスト批評的なアプローチで、「創作」と「創作されたもの」の合間に分け入っていくような原稿として河野咲子「潜む声、屍としての少女――『わたしのヘリテージ』の(メタ)フィクションを読む」がある。「作品=永遠の生」に対する「作者=やがて死ぬ」みたいなクリエイター(コミュニティ)への自己言及の様式を、いよわはよく使う。河野は、そんなメタフィクションはいわゆる「作者の死」とは整合しないと断じたうえで、そこに生じるエゴ(作品が永遠に残ったらいいな〜というロマンチシズム)と、そのエゴに向けられる軽蔑を『わたしのヘリテージ』から掬い取って、後味の悪い歓びを見出すといったことをしている。今号はぶっちゃけファンブックみたいな向きで売れているフシもあるが、クリエイターバンザイ!な風潮のなかでこのような論考があるのは、いきなり薄暗い奥底に引き込まれたような感じになり、大変おもしろかった。
「考察」について
まあそんな状況下、Twitter上で「ネタバレ食らわないようSNS離脱します!」みたいな宣言をするひとがいたのはちょっとびっくりした。そういう性質の本ではないと思うんだが、置いといて、しかし、世にはびこるネタバレ忌避って、私的体験を最大化したいみたいな欲からきているんだと思うと、その最たるものが「考察」だ、といってみてもいいかもしれない。
木澤佐登志や難波優輝など、多くの執筆者がいよわの考察者について触れていて、考察という労働と一体化した消費の在り方について批判的な向きもみられるが、一方でスッパマイクロパンチョップは「(考察が)いよわワールドへ一層深い奥行きを加えてくれていて、もはやそれも含めてのいよわワールドという感じがする」と、いちディガーとしての意見を述べる(「和合と解放のアニミズム」)。
木澤が論じたYouTubeのアーキテクチャ上で生じる疎外の話(「ボカロ、暗号、いよわ――考察・歌ってみた・寄り添い」)で、うっすら自分が連想したのは、2010年代末のYouTubeの景色である。二次元イラストでポスト・ボカロ的な雰囲気のあるSSWの動画に溢れる、「見つけちゃった感」というコメント。たとえば和ぬかやらすいそうぐらしのことなんだが、普通に大手レーベルが(大っぴらにしないが)仕掛けていて、かつ最小限の予算で種を蒔いているようなセコいプロジェクトに対して、私たちは「見つけちゃった」と喜んでしまう。やっぱりそれは、スッパ氏がPuhyunecoやyeahyoutooを「見つけちゃった」のとパラレルなんだけど、決定的に異なる出来事と思いたいところである。が、アルゴリズムにひたすらかき回されるなかで出会ったものに対して「考察」という労働にコミットしていってしまう悲哀もそこにはあるなー、とか、いまはそうした体験もTikTokに全面的に移行したんだろうけど、なおさら刹那的な悲哀を帯びている気もするなー、とかを考えたりする。ともあれ、そのブルースの伴奏には、尻切れトンボのリリースカットピアノがよく似合うわけである。
あと、考察を誘発する要因として、岩倉文也がいう「音楽と映像がびみょうにズレている」という指摘(「物語の断片と、跳梁する言葉の影で――いよわ作品における物語の位相」)は結構重要だなと思った。というのも、今号を読んでいるなかで「エッ、この曲そういう設定だったの?」という驚きがいくつかあったのは、おそらく自分が音楽のみを聞いているか、映像のみを見ているか、歌詞のみを読んでいるか、といったことから生じているだろうから。原稿を書くのにできるだけ外側から、考察の重力場(青島もうじき「いよわの惑星――合成音声の化石化はいかにして(不)可能となるか」)に飲み込まれぬよう、一意に、端的に読み込もうとしていたのが仇となった感もある。
---
最後に、全体の構成が非常によかったと思う。自分は書いてる間「被ったらヤダなー」とか思ってたけど、全然そんな心配はせずによかった。あと2007年のユリイカ初音ミク特集から一新されつつもそこからの線を引こうとする方もいたように思われ、暇なときに並べて読んでみようかしらん、とも思った。
ハイパーボウル2024夏
暑いですね。暑いといえば、ハイパーボウル夏です!
ハイパーボウルは、わたくしnamahogeが聞いて興奮した国内外の新譜を紹介するスポーツ大会です(勝敗はありません)。
──────────────=≡Σ((( つ•̀ω•́)つ
- いよわ『ねむるピンクノイズ』
- 是「Strawberry Candy」
- galen tipotn, Holly Waxwing「keepsakeFM」
- che『Sayso Says』
- Total Blue『Total Blue』
- 多和田葉子『太陽諸島』
- 中根千枝『未開の顔・文明の顔』
- カレン・テイ・ヤマシタ『熱帯雨林の彼方へ』
いよわ『ねむるピンクノイズ』
8月はほぼいよわばかり聞いていた。9月27日に発売される『ユリイカ』への寄稿を受け、Endless Iyowa Summerを過ごしていたから。
実は依頼メールが来た時、「じぶん、いよわについてなんか書けるんかな・・・」とわりと悩んでしまい、ライターのFlatさんに助けを求めて1時間ほどあれこれ喋ったのちに「書けますわ自分!」と青土社に返信したという経緯があった。その後もFlatさんのディスコ鯖でアルバム視聴会をしたりと、執筆にあたり非常に助けられた思いがある。結果的に自分としては満足のいく原稿ができ(依頼時より文量を非常に超過しつつ)、いよわというアーティストの面白さもずいぶん堪能できたので、受けてよかったと思う。あと、どうせ買って読むのだし書いた方がええなという気持ちもあった(ご恵投おねがいします、本当に。いつか蓮實重彦のエッセイで「未開封の冊子入り封筒が山程あるンゴ」みたいな文章を読んで、畜生がという思いになったことがある)。
ところで、自分の(インターネットの)周囲ではボカロリスナーもいればそうでもない人もいて、TLでは「いよわのアルバム聞いたけど、なんだか掴めないなー」という声もあったので、自分なりのいよわ理解を軽くここで記す。
ヘンな音楽が好きなリスナーにとって、最新作よりも1st『ねむるピンクノイズ』が取っ掛かりになるのではないかと思う。なかでも3曲目「わたしは禁忌」は好例だ。1音1音にピッチベンドのかかったピアノ、高音域で無気力にふぁ〜〜と漂うシンセ、逆再生でずっと鳴ってるよくわかんない音など、まずトラックに関してヘンなところが非常に多い。間奏ではグラニュラー合成みたく乱打されるピアノが面白く、しかもこの時期のいよわの制作環境を考えれば、たぶんカットアップだけでそれを作っているところもちょっと異様だ。それからボーカルワーク。サビの唐突にせり上がる音高やら、「変われ変われ変われ変われ!」といきなり怖い人みたくなる演出もヘンだ。
ざっくりと、自分の原稿では「デジタル編集(DTM)によるヘンな処理が、いよわがテーマとする"死"の表現に繋がっている」みたいなことを書いている。つまり、1stアルバムにおいてはほとんどの曲で"死"を取り扱う作家が、一本のシーケンスの中でさまざまな切断を披露しているのだと、ざっくり言っておこう。そういった意味で、いよわは「タナトス作家」だ!などと騒いでFlatさんの鯖で乾いた笑いを買ったりもしたのだが……。いや、タナトス作家ってなんやねん。
あと、いよわ入門者は第6作「水死体にもどらないで」あたりから現在に向かってMVを順に見ていくといいと思う。第6作くらいから音楽も映像も安定してくる感じがするし、それでもやっぱ時間経過とともにクオリティが向上していくさまも見られるし、映像も込みでひとつの世界を表現する作家なので、MVを見るのがいい。
ユリイカの自分の原稿は結果的に、作家のキャリアを初期から概観していく感じになっている。取り上げた曲など聞きながら読んでもらえたらうれしいな(なんせ、この文章の8000倍ほどの時間をかけて書いているのでね!!!!)。
ユリイカの原稿を提出ンゴ タイトルはたぶん「いよわと、いよわたちの世界を裂くもの――DTM、グリッチ、インターネット」でいきます つまりこれですhttps://t.co/ZPRFIbZPir
— namahoge (@namahoge_f) 2024年8月30日
あ、原稿のこぼれ話をここでしてしまうと、グリッチに関する書籍を読んでいる中で面白かったのが、Legacy Russell『Glitch Feminism: A Manifesto』(2020)。タイトルに「マニフェスト」とある通りグリッチ・フェミニズム宣言をしているわけだが、デジタルネイティブの著者が「グリッチは二元化を強いる社会に対する違和感への表明であり、アジテーションなのだ(ざっくり)」といったことを言っており、かなりアツい。ビジュアルアート文脈でのグリッチにまつわる議論は2000年前後から始まっているが、アイデンティティと結びつけて論ずるものはあまりない気がする。
あと国内ではucnvさんが2019年に『グリッチアート試論』というZINEを出していて、年譜などまとまっていそうだったけど、売り切れてるし多摩美にしか所蔵されてないようなので入手を断念。再販希望。
是「Strawberry Candy」
いよわ原稿執筆のために「グリッチ」にまつわるあれこれを読んだ結果、是さんのこの曲などがまた違った印象をもって聞くことができた。いわゆるケロケロボイス的な全パラメータがフルテンのピッチ処理がされてるようにも聞こえるが、それだけじゃなく、あえて機械っぽいビブラートを差し込んでみたり、ブレスとかのヒトっぽい質感が残留思念のごとくこびりついたまま切断してみたり、かつ、その切断面がグロテスクといってもいいくらいにブツブツとあらわれるのである。
そもそも(これもFlatさんに教えてもらったことだが)初音ミクの開発者の佐々木渉は、エレクトロニカ/グリッチ作家である竹村延和などに影響を受けているらしい。だから、ボイスバンクという分節化された声のデータベースから任意に記号を採取/連結することで歌を再現するボーカロイドというプロジェクトには、グリッチ的な思想が最初から企図されているのだといえよう。
今やボーカロイドは自在に歌ってくれるヒトなのだし、よりヒトらしくなるヴァージョンアップも施されているわけだが、ここにきて原理的な異形を再現しようとする作家がいるのは面白い。それを単なる反動だといえるような作品だって世にはあるが、是さんの場合はなんだかちょっと手間のかかったアプローチをしているように思われる。だいたい是さんは声に注意が向いた作家で、いろんな実験をしているのだと思うが、やっぱその違和感と無関係にやたらポップなトラックで推し進めてしまうのがすごい。なお特に自分が好きなのは「コールセンター」。
galen tipotn, Holly Waxwing「keepsakeFM」
前回も取り上げたgalen tiptonであるが、death's dynamic shroud(dds)とのコラボアルバムに続きHolly Waxwingとの共作をドロップ。先行リリースされた一曲目「keepsakeFM」はその時点で最高だったんだが、この曲のトンマナを延長してアルバムにパッケージした感じ。その結果、前作のいやにトゲトゲした攻撃性に比べればだいぶ落ち着いた雰囲気というか、氏の本領でもあるASMR的な謎音が緻密に配置されたミニチュア・サウンドスケープとなっている。ジャケットに描かれた気の抜けた動物らがかわいらしく踊っているさまが浮かんでくるよう。
ボーカルを前面に出す歌モノプロジェクトとしてはrecovery girl名義の作品群があるが、ここでは折衷的なアプローチというべきか、チョップして意味を無に帰した「なんかいい感じ」の歌がところどころで披露される。一聴してin the blue shirtsさんの作風のようにも感じられ、ベッドルーム・ダンス・ミュージックのバイブスがある。
一方で9月6日、ここ1年半ほどフロア・アンセムとしてひたすらに存在感を放つSkrillex「Rumble」のブートレグもリリース。こちらはddsとのアルバムとも共通するような、グロめのベースが唸ってやたらに踊れる感じのつくりになっている。
che『Sayso Says』
アトランタ出身の新進ラッパー・cheによるRageを下地にしたトラップ・アルバム。と思いきや、4曲目「GET NAKED」は15年前のボカロ・マスターピースこと「炉心融解」をネタにダーティに歪んだベースを重ねる異様な曲。合わせ方もめちゃくちゃだしヒドいバランスになっている感じがするが、それがむしろいい気もする。
cheといえばもともとハイパー寄りな出自で、過去にはSEBiiとも仲良かったりする。ところが2023年のEP『Crueger』ではチーフ・キーフへのリスペクトをあらわにしており、アングラでハードな路線に突き進んでいる(Pitchforkのライター・Mano Sundaresanはその転向を批判している)。
今作『Sayso Says』はハード・アングラ路線とオタク路線の間を取ったというべきか、後半「Interlude」以降ではかなりエレクトロっぽいトラックでラップしている。きらびやかでありつつ汚れた電子音の位相は、既存のハイパー的な文脈のそれでもないし、とにかく汚すことが美とされるアングララップ文脈のそれからも浮いている感じがして、新鮮な思いがある。
Total Blue『Total Blue』
モアイ像みたいなジャケがかわいいなくらいのことしか知らないが、作業用にリピートしていたので選出。アンビエントなんだけどいろんな空間から音が鳴っている感じがする。夏はけっこう書き仕事で(名前出ない系も含む)ずっとスクリーンに向かい続けていたので、時間も場所も関係なくなるような音楽が好ましかったのかもしれない。
詳しいことはわからないので、「OBSCURO」というレコ屋から文を拝借するに、
Benedek 等が結成したロサンゼルスのジャズ・トリオ Total Blue デビューアルバム。第四世界的なアンビエントのテクスチャーとダウンビートの残響で捉えどころのないヴァイブと「彼方への到達」を追い求めたブリージンなニューエイジ・フュージョン・サウンド。
Total Blue – Total Blueobscuro.jp
多和田葉子『太陽諸島』
『地球にちりばめられて』『星に仄めかされて』と続く多和田葉子の長編三部作の最終章。ざっくりあらすじをいえば、北欧で出会ったふたりがある言語を求めてヨーロッパ中を移動して仲間を見つけ、なんやかんやで東方を目指すのだが意味不明にバルト海を航海することになってヨーロッパを出られない、みたいな話。物語はできるだけ長く続けばいいなと思っているクチなので、大作の終わりは悲しい。
あるふたりの関係がフォーカスされる時、社会的には夫婦ですかとかカップルですかとかみたいに名指されることがあるが、それを「隣を歩く者」と言って迂回するのが前作までなんだが、今作ではバカみたいなダジャレで一挙に関係性が変化してしまう、みたいなところが非常に印象的だった。言葉ひとつで根こそぎを変えてしまう魔法じみたレトリックが世界に存在するのは恐ろしいことでもあるし、わりとそんなもんよなという気持ちもある。
中根千枝『未開の顔・文明の顔』
『日本人の世界地図』という鼎談本で知って読んだが、社会人類学者の中根千枝がインドをフィールドワークするエッセイ。タイトルは結構ギョッとするが、1959年の著作なのでそういった大時代的なニュアンスは結構ある。
おもしろかったのは、インドの高学歴でエライ身分のひとが地方の長官になって「虎狩り」をするシーン(日々恐れられている虎を見事に狩ることで地元民からのプロップスが上がるのだという。ほんまかいな)や、インパール作戦で日本軍の行軍の道筋にあった集落で赤ん坊の名前に「テンノウ」と付けられているくだり(日本軍が駐留していた頃、テンノウとバンザイという言葉を覚えたらしい)など。
カレン・テイ・ヤマシタ『熱帯雨林の彼方へ』
日系アメリカ人でブラジルに長く滞在していた著者の小説。5月くらいに読んだ気がするが、強烈に印象に残りつつどこにもアウトプットしてないし、5月もたいてい夏なので選出。
佐渡ヶ島出身の少年の頭に磁力を持ったプラスチックの球体がまとわりつき、一方アマゾンの森の中では地崩れした箇所から大量のプラスチックの地盤が露出し、一方とある米企業がアマゾンのプラスチック帯に関心を示して一帯の商業化を目指し、一方ブラジル国民にとってそこは聖地化して巡礼の目的地になる、みたいな話(わけがわからないあらすじ)。スケールはデカいが徒歩(巡礼)、鳩(コミュニケーション)、電車(現代的な移動)などいくつかの移動手段のモチーフが重ねられていて、そこに商売やら信仰やらが絡んでくるので諸々の動機がはっきりしていて人々の行動が追いやすいというところはある。
そもそもこの作家は環境問題とか南北問題とかに関心があるらしく、『オレンジ回帰線』という作品では、メキシコから運ばれたオレンジの実に地図上の北回帰線がロープみたく引っかかったままLAに届き、グローバルサウスの時空間が北米の都市に割り込んでしまうパニックSFになっているそう。めちゃくちゃ読みたいが、未邦訳。
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ということで、眠たくなってきたので終わります。
次回もお楽しみに!
ハイパーボウル2024上半期

長らくお待たせいたしました。ハイパーボウル2024上半期の開催です!
ハイパーボウルは、わたくしnamahogeが聞いて興奮した国内外の新譜を紹介するスポーツ大会です(勝敗はありません)。
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- BoofPaxkMooky, Dylvinci 『In a Tree』
- JuggrixhSentana, Rxl 『Sway Naughty』
- tmjclub『#tmjclub』
- remilia bandxz「wsup den?」
- Nettspend 「nothing like uuu」
- 原口沙輔 「イガク」
- 篠澤広,長谷川白紙「光景」
- yuruyuru runtime「Magical (ナースロボタイプT)」
- あかちゃん・シティ・ポップ「セントレイremix」
- asukagender『asukacore』
- carbine『inf』
- Syzy『The weight of the world』
- death's dynamic shroud & galen tipton『You Like Music』
BoofPaxkMooky, Dylvinci 『In a Tree』
plugg/pluggnbというトラップの派生形のラップミュージックがあり(アボかどさんの記事に詳しい)、個人的には去年DJのEnjiにいろいろ教わってからよく聞いている。ことpluggnbは、Autumn!やSummrsといったラッパーが2022年前後に一時代を築いてから消化されるタームに入ったものの、一方で、ひとつの音楽の円熟という風情がこのアルバム『In a Tree』にはある。
BoofPaxkMookyはノースカロライナに生まれフッドよりネットで知名度を上げたラッパー。その過程でシーンの重要なプロデューサー・Cashcacheよりアトランタスタイルの薫陶を受けたらしい(インタビュー)。
なんといっても完成度の高い今作のビートはすべてDylvinciによる。要所要所で使われるピコピコシンセが印象的で、サンクラをチェックすると、たった29人に厳選されたフォロー一覧のなかにゲーム音楽作家のああああ氏がいたりして結構ビビる。10年代のクラウドラップからコデインを引き継いでしまった2024年のpluggシーンであるが、『In a Tree』でも相変わらずふらふらとヨレつつ、しかし8bit的に明瞭な音像が意識を覚ましてくれる。
JuggrixhSentana, Rxl 『Sway Naughty』
がっつりpluggnbビートであり、JuggrixhSentanaの力の抜けたラップがいい。メロウ。セクシー。抗えなさがある。
横須賀を拠点に活動するyokosquad(ヨコスクワッ!)はSaggypants ShimbaやCFN MALIK、Jellyyabashiなど各所で活躍中のヤンガンが集まっているが、雑誌Ollieに載っていたインタビューでは口を揃えて「テキトーにやってるっす」的なバイブスだったのが印象的(手元にないのでうろ覚え。掲載号は[Ollie VOL.257 2023 may])。
ちなみに筆者は去年まで横須賀と横浜の市境のあたりに住んでいて、ドブ板通りもよく遊びに行っていたので町の雰囲気はよくわかる。コロナ前の記憶だけど、空母が入港した金曜の夜なんかは軍服着た米兵(MP)が立っていたり、飲み屋に行けば数十年前に黒人と白人の間で町ぐるみの喧嘩騒ぎがあったのだとか聞いたり、現在は観光地化が進んでいるとはいえ、あの町でヤンチャした若者はタフに育つだろうなと思う。そんな記憶込みで彼らの03-Performanceの映像やVlogを見たりしている。
tmjclub『#tmjclub』
前掲のクルーと比べると一気にナード感があふれるが、超ざっくりpluggと括ってしまうとサグもギークも同居しちゃうのが面白い。USでもRXK NephewみたいなもっぱらサグとFulcrumみたいなもっぱらオタクがいて、その中間にとにかく超然とした感じで立ってるxaviersobasedがいる、みたいな雑な図式を立ち上げたくなってしまうが、まあそれは現場レベルに還元できる話ではないだろう。
さておき、elekingのレビューで松島さんは「ポスト・クラウド・ラップ」とぼかしめにいってるけど、たしかにtmjclub「◯◯のジャンルだ」と同定されることから逃げんとするクルーであるだろう。基本的にはシカゴドリル由来のカリカリいうスネアを乱打しながら(そういやxavもNephewもChief Keefリスペクトだ)各種ネタを散りばめて進行するのだが、ビートパターンもアルバム内で変幻自在に形を変え、なんならアンビエントの曲もある(「health」)。全体としてサンプルやビートの音響処理にローファイな志向がありつつ、aeoxveを筆頭に雲(クラウド!)が流れるようなフロウがある。歌詞も公開していないようだし、プロジェクト全般の見せ方として、あらゆる意味で他人のタイムラインに乗るまいという意思がある(SNSのユーザーネーム「@tmjclubarchive」の流儀には一言添えておきたい。アングラシーンの人気ラッパーには「archive」アカウントがつきもので、ラッパー本人が削除した楽曲を勝手にサブスクに流す不届き者らがごく常識的に存在する。有名なのはSummrsで、彼においては正式なアカウントより「archive」の方がフォロワーが増えたという笑えないけど笑っちゃう話もあったりするのだが、そうした状況をネタにしたユーザーネームなのだろうと思われる)。
こうした逃避的な態度はjerkビートの成立にもおおいに関わっていると思う。クラウド・ラップの立役者であるLil Bが執念深く動画投稿を繰り返し世間に存在を認めさせた過去もあるが、その時代がいかにインターネット空間の未開発だったことか、などということを思ったりもする(せっかくなので付け加えておくとNephewは明確なLil Bフォロワーなのでヤバいくらい曲を投稿している)。
remilia bandxz「wsup den?」
さらにオタクでかつ変化球だが、東方シリーズのレミリアの格好をしたヴァーチャルpluggラッパー。片手にリーンを持っているし、女の子の声でそれを歌っている。彼女らのクルー〈9ENSOKYO〉にはチルノや霊夢や魔理沙もいる(もちろんクルー名は幻想郷ということだ)。ひとりがボイチェンで複数人を演じているのか、実際に複数人でこれをやっているのか謎。でもやっぱメインカラーが紫のレミリアが重用されている模様。あずまんが大王のキャラ・春日歩のVラッパーもいて、下の動画で二人はコラボしている(春日歩のインスタはミームアカウントとなっているっぽい。なおミームアカウントの存在もシーンを理解するのに重要で、最大手はHyperpop Dailyであろう。Hyperpop Dailyがhyperpopについて情報発信をすることはないが、rage/plugg/jerkあたりについてのゴシップはこうしたアカウントを起点に流通しているらしい)。あと、ゲーム・アニメキャラをサグめなラップで踊らせるというのは、古くはAMV、最近だったらフォートナイトのスキンとあったわけだが、内側に入ってラップしてるパターンははじめて見た気がする。
Nettspend 「nothing like uuu」
2007年生まれ、ニコニコ動画より年下のNettspendは、バージニア州にて高1でドロップアウトしてからオンラインコレクティブ〈Novagang〉(かつてはkuruやmidwxst、d0llywood1なども所属しdigicoreシーンの主要拠点のひとつとなった)に所属し活動していたが、2023年にクソガキ感あふれるsnippetでバズり、今年1月にはxaviersobasedとevilgianeとのコラボ曲をリリース、3月にはRolling Loudに出演するなどすごい勢いを見せているラッパーだ。
jerkというシーンにおいては超新星といった具合で、そもそもjerkというのも新興ジャンルであるわけだが、不親切極まりないことにここで紹介したい「nothing like uuu」は別にjerkではない(jerkについて一概にいいづらいがビートの力点がこんな感じのものをいうのだと思う。同ジャンルのオリジネイターたるxavが今年出したアルバムを聞くとよい)。Nettのこの曲は明らかに売れ線というか、ポップに勝負にいってる感がある。彼はフロウがめっちゃよくて、たとえば最初の〈I been tryna get geeked all night (Geeked up)〉という箇所からしてなんだか不快な引っかき音みたいな「ギーギー」がやたらに耳に残る感じなど面白く、ポップ路線に移行しつつも残った味わいが絶妙だなと。
やっぱり本人があまりに若かったり白人だったりというのもあって、ニューヨークやインターネットでは「Nettは"ホンモノ"なのか?」という疑義も生じてるっぽいが(疑いの余地なくxavはホンモノだろう、しかしNettは?という雰囲気)、どうなんでしょう。
あと今日deftonesのリフをネタにした曲が出ていた。
※7/9追記: どっちの曲もYouTubeのMVがあり、この記事には動画を貼っていたんだけど起きたらどっちのMVも削除されていてウケた。原因は不明だが、ファンコミュニティなど見ると、MV出演者とのトラブル説が濃厚っぽい。
※7/12追記: どっちの曲もSpotifyから削除されてて草。やっぱクリアランスの問題なのか?
原口沙輔 「イガク」
今年1月に筆者が主催したイベントにも出演してもらった原口沙輔だったが、あの日のライブはヤバくて、お手製のグロ音アセットを矢継ぎ早に繰り出しつつダンサブルな異様な空間を作り出していたのを覚えている。それで本人に「よかったす!!」と興奮気味に言ったが「なによりです」みたいなクールな感じで、xavじゃないけど、なんだか超然としている雰囲気があるな(だし、ほぼ同年代)。
「ポップスをやりきる場としてボカロ曲を作っているところがあります」とインタビューに答えていた原口沙輔のボカロ曲のなかでも「イガク」は一際いいと思う。なにがいいというのはムズいが、氏が前名義の頃から熱を注いでいた80'sテクノポップのバイブスがうまくハマってるのかなとか、飛び道具的なサウンド以外はわりとテクスチャが統一されていてこの道の洗練を感じたりとか、あと、ハイパーリアル的に厭世的なリリックも非常によかったりする。
彼が主催するDiscordサーバー「CDs」も独特の動きをしていて面白い。設定により双方向的なチャットができなくてただ単に画像やURLやテキストを送りつけられるだけの理不尽なサーバーだが、最近は「沙悟浄のお皿がどうこう」みたいなテキストが投稿されていてよくわからなかった。要チェック。
篠澤広,長谷川白紙「光景」
学マス繋がりということで、長谷川白紙プロデュースの「光景」。ゲーム内の設定を説明しておくと、天才少女である篠澤広は最も不得意な仕事としてアイドルを選択し、ダンス練習といいながらまずは単に直立することから始めてみる、といったような内容になっている。こうしたキャラ設定が歌詞にいきていて、彼女の選択という行為が長谷川白紙流の語彙で綴られている。
さまざまな可能世界を見たうえで元来の世界線に選択的に再帰してくる、というマルチバース版"行きて帰りし物語"は、それが映画であれば格好良く現状への復帰を決断するシーンがあるわけだが(当たり前だが、現状に帰ってこなければ観客はさめるわけである)、「光景」のいいなーと思ったのは、なんだかナイーブな感じもする選択主体が描かれているところ(もちろん篠澤広にとっての「現状」はアイドルというより天才科学者であるが、観客にとってはアイドルが「現状」であり、さらにいえば、コインランドリー経営者が唐突にカンフーの達人になるのと同じくらいのアクロバティックさで、篠澤広は現状のアイドル見習いから前職の天才科学者に遡行しうる)。
〈選びとった熱が ずっと残っていて 目のおくが 愛おしく呼ばれる〉、〈またいつか 涙のような熱になるわたしの景色は〉あたりの歌詞は、魂の重さは◯◯グラムじゃないけど選択という行為が物理的な実体を持っていて、ふとした瞬間に涙のようになって溢れ出てくるというセンチメンタリズムがある。こりゃリリシストすぎてやべえ!となってゲームをインストールしたが、ゲーム内でこの曲を聞いたことはなく、結局コモン篠澤広に「初」を歌ってもらって終えてしまった(ガチャ!!!!!!!!!)。
長谷川白紙といえば狂ボタニカな「Boy's Texture」もすごくよかった。アルバム『魔法学校』のリリースも、あれ、今月じゃん!(「魔法」つながりでA.G.Cook『Britpop』も紹介したくなったが、とりとめなくなってくるのでやめ。松島さんのレビュー読んで)
yuruyuru runtime「Magical (ナースロボタイプT)」
魔法学校みたいな世界観の曲。それこそ物理法則のちょっと違う隣の世界の中学生が悔恨まじりで綴った日記みたいな、親密っぽさと意味不明さがあるが、聴衆を突き放す感じでもない塩梅がいい。金属の空箱か何かがぶつかりまくってるみたいなドロップがかっこいい。
yuruyuru runtimeが一体何者なのかよくわからないが、いろいろ動画作っていて大体シュールなんだけど味わいがあってよい。
あかちゃん・シティ・ポップ「セントレイremix」
あかちゃん・シティ・ポップによるサカナクションのカバー。これはinternethood2でオープニングDJをしてくれたaosushiが初っ端で流していた曲で、実は去年公開だけど今年知ったのでハイパーボウルのルールに抵触しません。ボカロPのどなたかのサブ垢なんだろうか。それにしても選曲の納得感がすごい。〈午前0時の狭間で夜間飛行疲れの僕は宇宙〉。
asukagender『asukacore』
ものすごく古典的なdariacore。偽アカウントしぐさも使用ネタも展開も非常にオーセンティックなんだがやたらクオリティが高く、おそらく一連のdariacoreムーブメントを知らないAOTY民に衝撃を走らせているというので知った。ここ最近はこういうの全く聞いてなかったけど、たまに聞くとめちゃくちゃいい。あと、これ系が普通にサブスクに上がっているのはもはや驚かない。
carbine『inf』
dariacore最盛期にリリースされたチャリティ・コンピアルバム『daria vs. core: it's giving charity!』にも参加していたプロデューサーで、leroyの引退宣言以降オリジナル作品に取り組むSSWとなったcarbine。やっぱりdariacoreムーブメントはどこまでいってもギリアウトで、ゆえにみんな覆面としてキャラを被っていたわけだが、carbineは「おかしなガムボール」のアニメ絵だけを剥いでそのままの名義で活動を続けている。そのあたりも面白くて筆者はかねてより注目していたが、シングル「carnosyn」なんかは2023年によく聞いた曲上位だったと思う。dariacoreのどんな再生環境でもぶっちぎるようなクリッピング気味のキメとか、クサめなメロでも勢いとうるささで乗り切っちゃう感じとか、そういうのがよかったのだ。そんなcarbineの初アルバム『inf』にはkuruやtwikipediaといったdigicoreシーンの古株も参加(twikipediaとの「answer」めちゃくちゃいい)。brakenceの影響が強そうな雰囲気(実際、brakenceの影響力はヤバい)がありつつも、ゲーム音楽チックな音のあざとい差し込み方などがdariacore的というかキッズ的でめっちゃいい。そういう点においても、「doomsday」や「end theory」といった曲名にあらわれる題材においても、国内でいえばlilbesh ramkoなどと非常にちかいと思う。でも日本であんまり聞かれてなさそう、ラムコファンはぜひ聞くとよい。
Syzy『The weight of the world』
件のコンピに参加していたSyzyもまた、carbineと同じようにdariacoreムーブメントから巣立ったベースミュージック・プロデューサー。上に比べるとこちらのアルバムの方がleroy的な意匠を多く取り入れているが、ベッドルーム的ダンス音楽の手法を押し広げて巨大なスケールにまで持ってっちゃってるのには感動する。タイトルもSF的だが7分超のアンビエント曲なども入っていて、なかなか壮大でEvian Christ感もある。あと「DOPE1」で往年のスクリレックスをパロったようなゴリゴリのブロステをやっていたりするのにも落涙。「Take my energy!」の転調には"J"的なるものというかぶっちゃけ音ゲー的なるものを感じてテンションが上がってしまう。ベッドルームの裂け目から宇宙に連れてってくれる、キッズによるキッズのためのダンスアルバムだ(いきなりキャッチコピーじみたことをいう)。
death's dynamic shroud & galen tipton『You Like Music』
ddsとgalen tiptonのコラボアルバムということで超期待して聞いたら、ddsの異形歌謡曲でもなくgalen tiptonのASMRワールドでもなく、思ってた100倍バンガーでえげつなかった。ddsもgalen tiptonも既存世界のあらゆる音楽・非音楽からサンプリングして独自の世界を生成するトリオ/アーティストなので、タイトルの『You Like Music』というのも皮肉なもので、一方でシングルカット曲「Generate Utopia」の題もド直球でいさぎよい。無限にチョップされた叫びが連なる「Generate Utopia」や「Drifting on Bethel」などを聞いてしまうと、このアルバムで鳴ってる音のすべてが人の声なんじゃないかとか思い始め、だんだんホラー体験と化してくる。そんな強迫観念はさておき、今年一回くらいはクラブでこれを聞きたい。でっけえ音響が映えそうなアルバムである。
──────────────=≡Σ((( つ•̀ω•́)つ
長くなったし一旦こんなところにしておきましょう。ハイパーボウル2024上半期、閉幕!
