Apple Musicでの不当な配信停止についての報告

親しいアーティストに、以下のようなことが起きている。

  • ディストリビューション(配信代理)サービス・TuneCoreを用いて楽曲配信をするアーティストの複数名が、Apple Musicでの配信を停止される。
  • TuneCoreに問い合わせると、Apple Musicが「楽曲の再生回数を人為的に水増しする不正行為」を取り締まるポリシーを導入し、停止された楽曲はその制裁を受けたという旨を報告される。
  • 当該アーティストらは配信再開を依頼。Apple Musicでの配信が再開するが、配信後に再び「楽曲の再生回数を人為的に水増しする不正行為」が検出されたことにより、二度目の制裁を受ける。当該アーティスト自身が配信した全ての楽曲がApple Music上から消える。
  • 再配信を行おうとするが、TuneCoreに登録された顧客情報(本名、住所、電話番号等)が制限され、再配信どころか今後の配信が不可能となる(事実上のBAN)。

上述の状況について、アーティスト当人やその友人らは懸命に情報拡散・収集をしている。デジタル配信を前提とした若い世代のアーティストにとって、サブスク型ストリーミングサービスの収益は文字通りの生命線となる。特に還元率の高いApple Musicでの配信停止のインパクトは大きい。

状況が改善する予兆もない12月24日、当人ら(AssToro、lazydoll、okudakun)にヒアリングを行い、メールのスクショ等を共有してもらった。ここでは筆者の私見をまじえて現況を報告する。

配信停止の経過

Apple musicで今起こってる問題について

皆さんお世話になってます、奥田です
今、僕たちが直面している問題について簡単にまとめたいと思う。

11/22を皮切りにApple music上で僕たちの曲が消され始める、焦った奥田は楽器配信サービス会社にメールで問い合わせてみる、

何らかの不再再生があったみたいでApple musicで楽曲が強制的に消去されてしまっていたと連絡を受けた。
もうこれは直談判するしかないと思い、本日Apple music会社に直接電話した。
みんな困っているとつたえた。

待ってる(今ここ)

追加で連絡あったらまた皆んなにシェアするね、!!(原文ママ

11月半ばあたりからSNSにて「Apple Musicから曲が消された」との投稿が散見されたのを覚えている。今回ヒアリングを行ったAssToro、lazydoll、okudakunに加え、UztamaやAmuxax、さらに今年リリースされたコンピレーション・アルバム『もっと!バビフェス』や『insiderlost』に関わるアーティストらが被害を報告していた(最初の3人以外は既に配信再開されている)。

「曲が消された」ことを機に、11月24日、アーティスト・AssToroが利用するディストリビューション(配信代行)サービス・TuneCore*1に問い合わせた履歴が以下である。

TuneCoreからの返信↓

このやり取りにより、楽曲再配信の手続きをTuneCore側が行う。okudakun、lazydollも同様に再配信される。

それから一週間を待たず、復活したはずの楽曲が再び削除される。それだけでなく、以前「不正」が検出された楽曲(AssToroの場合はEP)のみならず全てのリリースが削除される*2。その際のやり取りが以下。

サポートチームの回答は「弊社からの復活要請ができかねる」。ディストリビューターが配信ストア(Apple Music)側の判断に準拠していることは、先のメールでも記載されていた。また、この「不正」について、アーティストらは「第三者による嫌がらせ」を想定しているが、この点については後に述べる。

同時にokudakunが「Apple Music for Artist」のサポートに電話で問い合わせるが、各個のリリースに関してはディストリビューターが責を負うとされ、進展なし。

ともかく復活させる方法を思案するアーティストらに、12月、TuneCoreからメールが届く。内容は「利用規約の改定」についてである。

偶然の一致といってしまえばそれまでだが、件の「不正」に関する条項の改定である。この改定に、同じく身に覚えのない配信停止を食らったアーティストがこう反応している(なおこの方は本件で取材をした方ではない。被害を受けているのは筆者の周囲だけでないようだ)。

12月16日、AssToroは追加の質問をTuneCoreに送る。

TuneCoreの返信↓

回答は「配信ストア側の判断基準等は当サービスからご回答できかねます」。

AssToroやokudakun、lazydollは過去の配信作に関して復活を諦める(再リリース手続きの際に、「不正再生された記録があるために不可」と表示されたのだそう)。そうなると続いて焦点となるのが「今後Apple Musicにリリースができるのか」である。

TuneCoreにて新曲のリリースを試み、本名や電話番号、住所を含むアーティスト情報を打ち込むと、「入力されている情報の登録は現在受け付けておりません」との赤字で弾かれる。事実上のBANである。

もちろんアーティストらは、DistroKidなどの他のディストリビューションサービスを用いることも視野に入れている。しかし、TuneCoreを離れれば解決する問題なのか、わからない*3。既に登録されたアーティスト情報が重複してしまう懸念もあり、その場合、BAN対象としての記録も引き継がれてしまう可能性がある。複雑な配信構造のために二の足を踏みつつ、漠然と事態の改善を祈っているというのが、率直な今の心情だろう。

なぜ配信停止されたのか?(私見

ここまで時系列的に経過を述べてきたが、「なぜ配信停止されたのか?」という謎が残る。何度も言及される「不正」とはなにか。Apple Musicのアーティスト向けページでは「不正」についてこのように記述されている。

artists.apple.com

ストリーミングサービス業界ではここ数年、アーティストの楽曲の再生回数を人為的に水増しする手口が増加しています。Apple Musicは、正当なリスニングやその他のアクティビティを基準とした上でアーティストの成功や成長が確立される、公平な音楽提供の場であることを理念としていますが、データの改ざんはこれに反するものです。

またSpotifyも以下のような動画で、「不正」について説明している。

www.youtube.com

ストリーミングサービスが音楽視聴のスタンダードとなった現代では、ボットを用いた再生回数の売買というものが横行しているらしい。下の記事では、「YouTubeの再生回数100万回が12000ドル(およそ130万円)で販売されており、またSpotifyApple Musicでも同様のプランが提示されている」と述べられている(これは2年前の記事であり、現在の相場はわからない)。

fnmnl.tv

登録者の月額料金でできた巨大なパイを、再生回数で切り分けるような仕組みがストリーミングサービスであり、ここで再生回数が唯一絶対の指標である限り、上のような業者が現れるのは必然ともいえる。

それに現代、パイが分配される先にいるのは人間ばかりでない。機械(を操作する人間)の台頭も忘れてはならない。事実としてストリーミングサービスにはAIによる自動生成楽曲がごろごろ転がっており、プラットフォームはその機械にも目を光らせている。

forbesjapan.com

今年11月にSpotifyが発表した収益化のハードル「年間1000回再生以上」は、公共的なプラットフォームを望む人々からバッシングを受けたが、実際のところ大量生産が可能な生成AI楽曲に対する牽制であろうと筆者は思う。つまり100万曲を生成して1回ずつ聞かれれば、TikTokのバイラルヒットと同等の収益が貰えるという原則に対するテコ入れである。

gigazine.net

何がいいたいかというと、パイを分配するプラットフォーマーと、パイを食いたい人々のイタチごっこによって「不正」のルールが常に変わる。ルールを明かしては食い荒らされるから、プラットフォーマーはそれを暗箱に隠す。TuneCoreは「配信ストア側の判断基準」を理由に問い合わせを退けるが、その盾がどうなっているのか、TuneCoreは知らない。問い合わせても不明瞭なのはそういう道理だ。

ともあれブラックボックスの「不正」に引っかかったアーティストらが自ら再生回数を買ったのではないか、という疑義だって完全に消し去ることはできない(筆者は、この事態で憔悴しているアーティストらを疑うようなことをしたくないが、聞いた。lazydollは、そもそも再生回数の売買というものが存在する事実を知らなかった、と答えた)。だが少なくとも、アーティストらが機械に水増しされたのでないファンベースを築いてきた経過を筆者は見ていた。

先に述べた通り、AssToroの送信したメールではこの「不正」が「第三者による嫌がらせ」だと推測されている。わざわざ再生回数を買うような嫌がらせというのが、どれほど存在しうるのか、これもまたわからない。しかし、インターネットで活動するアーティストに取材していると、信じられないような第三者の行動を聞くことがしばしばある。

たとえば、アーティスト本人が気に入らなくなって消した楽曲を勝手に転載する輩がいる(これはもうポピュラーな事象ですらある)。さらに妙なことに、あるボカロPがニコニコ動画だけに上げていた楽曲を勝手に、善意で、ストリーミングサービスに登録した海外ボカロキッズがいる(配信料も彼が負担したのか)。

嫌がらせなのかファン心なのかわからない、ありがた迷惑な人というのはいるものだ。本件のアーティストを応援したいがために「不正」を働く者がいたとしても、たしかに不思議ではない。なおTuneCoreのヘルプセンターには、「アーティスト本人・関係者・リスナーやファンの再生に関わらず、配信ストアにより人為的な再生・不正行為と判断された場合、システムによりリリースの配信は停止される」と明記されている。

https://support.tunecore.co.jp/hc/ja/articles/17083283514265

一方で、純粋な悪意のための嫌がらせという可能性も拭いきれない。若くして活躍するアーティストだからこそ、「サンクラのコメ欄にアンチが湧いてドギツイことを言われたりする」こともあるのだという。

そういうヒューマニティ溢れる嫌がらせもあれば、スパム的な嫌がらせもある。実はごく最近、筆者の身にも気味の悪い嫌がらせが降りかかってきて、本件との関連を疑ってしまうような出来事があった。

上画像は、音楽メディア・RAに掲載されてしまった架空のイベントである。この情報どおりに1月5日に表参道WALL&WALLに訪れても何も開催されていないのだが、ここに記載されるイベントタイトルは筆者が主催するイベント名と一致しており、箱側の担当者から連絡を受けてこれを知った。

この「mixty」というアカウントは、全くの架空のアーティストアカウントである。他者の名を剽窃してイベントを開き、剽窃した曲をリリースしている。そしてそのリリースを見ていくと、AssToroとのコラボ(というテイの)曲が公開されている。

「mixty」の精度の低い自動翻訳のような日本語での投稿を見ると、なんらかのスパム的な「嫌がらせ」を疑うが、特段詐欺サイトに誘導されるわけでもなく(追記:固定ツイートにPaypalアカウントのメールアドレスを収集する導線があったので注意されたし。)、淡々と他人の楽曲を剽窃して投稿しているのが不気味である。さらに、被害を受けているのがe5やmiraie、kuru、WaMiといったシーンで近接するアーティストばかりなのが、どうも文脈に対する理解度が高すぎる*4

「mixty」がアーティストらを襲った「不正」と関連しているかどうか、確証は全くない。しかし、仮説である──こうした勢力がフィーチャリングに併記したアーティストの再生を人為的に回し、自身の配信曲に誘導する。「不正」が検出されれば他のアーティストに照準を合わせ、次々とターゲットを乗り換える……こういってはなんだけど、スモールビジネスにもほどがあるように思われるが、それが悪意ある「嫌がらせ」ならば、その悪意のみで成立することだってありうるだろう。

──────────────=≡Σ((( つ•̀ω•́)つ

ともあれ、現在のサブスクリプション型ストリーミングサービスの構造に欠陥があることは確かだ。消したいアーティストがいれば、ボットによる再生水増しを仕掛ければいい。巨大プラットフォームやディストリビューターの検査水準では、それがアーティストの功名心なのか第三者の悪意なのかファン心なのか、さっぱりわからないのである。

筆者は『ザ・プレイリスト』の反ストリーミング論者になるつもりは一切ない。筆者はもうツタヤに行きたくない。しかし、アーティストにとって本当に安全な活動領域が確保されないのであれば、リスナーだって楽ばかりしていられない。

現段階では、Apple MusicやTuneCoreが真摯な調査を行い、早急に本件が解明されることを願うばかりである。もし調査に協力できる方がいれば、ぜひご一報を(→ namahoge@gmail.com )。

なお、今回ヒアリングしたアーティストらの楽曲はSpotifyに配信されている。支援のためにここに掲載しておく。

open.spotify.com

open.spotify.com

open.spotify.com

*1:TuneCoreは国内インディアーティストの利用する配信代行サービスのデファクトスタンダードといっていい

*2:客演として参加した=他のアーティストが配信手続きを行った楽曲に関しては停止されていない

*3:アーティストらはTuneCoreを利用する理由として、「還元率の高さ」と「使い勝手のよさ」をあげた

*4:いや、AIでもそれくらいわかるのかもしれないが。それでも「mixty」が投稿するジャケット含めてその理解度の高さははっきりいって不気味である